思想信条ではなく損得で対立しよう

思想信条ではなく損得で対立しよう

「建設的な対立」のために大切なこと

「思想信条ではなく損得で対立しよう」というのが私の信条。

損得での対立であれば、話し合いでお互いが納得する落とし所を模索することができる。
お互いの要求をぶつけあった結果、思いもよらぬwin-winの解決策が生まれる場合すらある。
対立を建設的なものにすることができるのだ。

反対に、思想信条での対立は基本的に何も生み出さない。
思想信条は各人の不可侵な領域であり、そう簡単に変えられるものではない。
お互い譲れるものでもないので落とし所も存在しない。
そこでは何が起こるのか。
相手にひたすら罵声を浴びせ続けるような戦いだ。
勝利条件は「相手が諦めて折れる」のみなので、声の大きさや頭数で相手を圧倒する不毛なゴリ押し合戦になる。
何も生み出さないばかりか、お互い相手へのヘイトばかりが溜まっていく。
この対立を解決する方法だが、究極的には相手を殺す?洗脳する?…ということにすらなってしまう。

そのため、不毛な思想信条の対立は避け、思想信条の対立になってしまいそうな事柄も
可能な限り損得の対立に変換していくことで、いろいろと得することが多い。
ここでモデルケースを見ていく。
※あくまでモデルケースなので、内容の正当性とかは気にしない
■損得の世界で対立した場合

被雇用者A 「先月80時間も残業してるのに残業代1円も出てないのおかしいよね。払ってよ。」
雇用者B 「Aさん、スマホいじってサボりながら仕事してたよね。ちゃんと働いてから言えば?」
A 「いやいやさすがに80時間もスマホいじってないですよ。」
B 「じゃあ、間を取って40時間分払うのでどう?」
A 「いや半分はないでしょ。勤務記録取ってありますけど労働審判とかやったらお互い大変でしょ?」
B 「分かった分かった。じゃあ60で。」
A 「それでお願いします。」
■思想信条の世界で対立した場合

被雇用者A 「散々残業させた1円も残業代出さない糞ブラック企業が。残業代払えや。」
雇用者B 「スマホいじりながらダラダラ仕事して、義務も果たさないで権利ばかり主張する人間の屑がこの野郎。」
(以下、延々罵り合い)
やや誇張してはいるが、こんな感じの差が出るのである。

対立を損得の世界のものにするポイントは3つ。

1.お互いの要求を具体的かつ定量的なものにする

損得の対立で落とし所を模索する際は、「お互いの目的がなんなのか」という部分が重要になる。
つまり、お互いの要求がはっきりしていてかつ定量的であるのが望ましい。
上のモデルケースだと、
  被雇用者Aの要求➾80時間分の残業代を支払わせること
  雇用者Bの要求➾金銭や労力の損失をゼロに近づけること(支払う残業代を減らすのが手っ取り早い)
ということになる。
ところが他人と対立する際は、相手の具体的定量的な要求をきちんと伝えてもらえるケースはあまりない。
そこで、相手の要求を具体的に聞き出すことが重要になる。
対立する相手だから…と軽視するようでは、いい結果につながらない。

2.相手の思想信条人格等への言及を行わない

誰しも自分のセンシティブな部分に踏み込まれれば感情的になってしまうもの。
なので思想信条人格等について触れた瞬間、対立は思想信条の世界のものになってしまう可能性が非常に高い。
モデルケースでは、
  被雇用者Aは雇用者Bが残業代を支払わないという事実にのみに講義し、
  雇用者Bは被雇用者Aが勤務中にスマホをいじってサボっていたという事実のみを指摘
している。
お互いに、相手の人格等への攻撃は一切行っていない。
対立を損得の世界に収めるということは、同時に相手の思想信条を尊重することにもつながるのだ。

3.相手に落ち度があれば自分の要求が全て通る、とは考えない

対立する相手に落ち度があった場合、それは自分の要求を通しやすくするための武器になる。
しかしながら、相手に落ち度があれば無制限に自分の要求が通る、と考えてはならない。
例え相手が悪人であっても、自分が有利になるのはあくまで相手の「悪」の範囲内なのだ。
モデルケースでは、
  被雇用者Aは勤務中にスマホをいじってサボっていた
  雇用者Bは残業代を支払っていない
とお互いに落ち度があるようにした。
このとき、雇用者Bは(支払額の大きさはともかく)残業代を支払わなければならないし、
被雇用者Aはサボっていた時間分支払いを減額されても文句は言えない。
しかし、相手に落ち度があるとはいえ「サボってるようなやつには1円も支払えない」というのも、
「80時間もサビ残させるような企業だから明らかに休憩してた時間の分も全部支払わせる」というのも通用しない。
相手が悪いから何をしても良い、というわけではない。


余談だが、なぜこのようなモデルケースを設定したのかというと、
次の記事を書くためにいろいろググっていたとき、
「義務も果たさず権利ばかりを主張するやつが多くて困る」というような論調が多くてびっくりしたから。
ブラック企業に未払賃金(残業代)を請求してみよう|コーヒースモーク
権利を主張するのは自由だし、義務の不履行を根拠にその主張と戦うのも自由。
裏でヒソヒソ言ってないで一度ぶつかり合ったほうが、お互い得する結果になることが多いと思うんだけどなぁ…

ところが、我々日本人は総じて「思想信条の対立」のほうを好む傾向にある

ここからが問題なのだけど、我々日本人は損得の対立より思想信条の対立を好む傾向にある。
「○○製品を使っているやつはだめだ」とか「○○という作品が好きな奴はクズ」とか、
「ブサヨが…」「ネトウヨが…」とか「団塊の世代が…」「ゆとり世代が…」とか、
とにかく相手のセンシティブな部分に踏み込んでのインファイトがいたるところで繰り広げられている。
「日本人は争いを好まない」という人もいるけど、私はむしろ「血で血を洗う壮絶な戦いを好む」のではないかと思っている。

これは何故かということを推測したのだけど、日本人は全体的に極めて道徳的で完璧主義なのだと思う。
道徳的なあまり正義として悪を断罪することを好み、完璧主義なので中途半端なグレーの状態を嫌う。

みんなもう少しルーズになって損得での対立ができるようになれば、少し暮らしやすい世の中になるのではないかと思う。

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